大判例

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仙台高等裁判所 昭和47年(う)276号 判決 1973年3月06日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石川克二郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、「原判決は『被告人は第一清福丸船上において大平丸を操舵中の金沢勝生の手足を竹竿で叩き突く等の暴行を加えよつて同人に対し全治約一週間を要する右足背部刺傷の傷害を負わせた。』と認定したが、被告人が傷害を負わせた事実はない。金沢勝生の傷害の状態、原判決が兇器と認定した竹竿の状況、第一清福丸と大平丸操舵者の足の位置との間隔を考えると、右原判決の認定は事実を誤認したものである。」というにある。

しかしながら原判決挙示の各証拠によれば、原判示事実は、被告人が原判示暴行により金沢勝生に対し傷害を負わせた点をも含め、十分にこれを認めることができるのであつて、事実誤認の廉は存しない。

すなわち、原審において取調べられた鈎のついた竹竿(原判示証第二号竹竿、原審昭和四六年押第二号符号番号二)を検討すると、その全長は三メートル四一センチメートルであつて鈎の付いていない方の先端はほぼ半分が欠け(欠落部分の長さは約六センチメートル)ており、極めて小さな血液と覚しい細粒が釣のついていない方の先端から二六センチメートル、二六・五センチメートル、三七・五センチメートル、四一・五センチメートル、四六センチメートル、四八センチメートル、四八・五センチメートル、六〇・五センチメートル、六一・五センチメートルの位置に散在していることが認められ、司法警察員海上保安官千田優外三名作成の実況見分調書によれば金沢勝生の右足の甲の皮膚は約三センチメートルほど破れ、その傷の形は半円形であること(同調書八枚目表三行目から七行目までおよび同調書添附写真一四)竹竿の先端と傷口の模様が符号し難いものでないことが認められ、さらに原審における証人下村義勝、同下村喜三郎、同阿部辰男、同雪畑由一および同金沢勝生の証言によれば、被告人が第一清福丸と大平丸が接触したころ竹竿を持ち相手船へ突き出したり船べりを叩いたりしていたことが明かであり、原審公判廷において被告人自身も鈎のついた竹竿を使用して相手船を叩いた趣旨の供述をし、(第一清福丸の被告人以外の乗組員が竹竿を使用したことを認めるに足る証拠は本件記録を精査しても存在しない)、前記雪畑の供述によれば大平丸船上では操舵中の金沢勝生が竹竿で叩かれたり突かれたりするのを同人において目撃していたというのであり、金沢勝生自身も竹竿で突かれたため本件傷害が発生したものである旨の供述をしており、被告人自身も司法警察員に対し大平丸の舵棒を持つて舵を持つている人の手をたたいたところ、今度は足を舵棒に掛けて舵を取り始めたので、その足を約一五・六回位突いたりしてやつた旨自認しているものであつて、以上の証拠を総合すると、原判示事実は十分にこれを認めるに足りるものといわねばならず、さらに記録を精査しても所論指摘の事実誤認が存在するとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣旨第二点(法令適用の誤の主張)について

論旨は要するに、「被告人の行為は、金沢勝生のあわびの密漁という不正な権利侵害を知つた第一清福丸が大平丸の追跡を継続している段階で行なわれたもので、右の状態はいまだ密漁が継続中で急迫不正の状態が現存しているものといわねばならず、これに対し被告人はあくまでも現行犯人を逮捕し、密漁されたあわびを取り返し、あわせて今後金沢等による密漁を防止するために追跡し停船を求めたものであるところ、金沢らがロープを流して第一清福丸のスクリユーにこれをからませて追跡不可能ならしめようとしたり、あるいは第一清福丸の機関部を目懸け船腹に体当りをするなど反抗したため、さらに強い有形力を行使する必要に迫られ、原判示行為以外に金沢を逮捕する方法が考えられなかつたため、やむを得ず行なつたものであるから正当防衛に該当する。しかるに原判決が右行為時においては急迫不正の侵害行為がなかつたとして、正当防衛を認めなかつたのは法令の適用を誤つたものである。」というにある。

よつて所論にかんがみ大平丸の密漁発見から本件傷害に至るまでの経過を関係証拠により検討すると、次の事実が認められる。

昭和四五年八月九日午後八時三〇分頃、岩手県下閉伊郡山田町白崎北側一浬位の海上において、山田湾漁業協同組合の漁業監視船しおかぜ丸は、白崎の南側にあるモイサシ崎の北側二〇〇メートル位の所に小型漁船(大平丸と後で判明したのであるが以下大平丸という)を発見し、その約五〇メートル付近まで近付きハンドライトで照らしたところ、潜水服を着た者(金沢勝生)がおり、あわび等の密漁に来たものであることが判明した。ハンドライトに照らされた大平丸は灯火を消し、錨をロープとともに切り捨て逃走を開始したが、しおかぜ丸の速度の方が遅く追跡困難と見たしおかぜ丸は付近にいたいかつり船(第一清福丸―以下清福丸と略記する)にハンドライトで合図し、大平丸の追跡を依頼した(午後九時頃)。そこで、今度は清福丸がその追跡を開始し約三時間後、清福丸と大平丸と大体併航するようにまでなつた。清福丸は、大平丸に対し停船を呼びかけたが、大平丸はこれに応ずるどころか、かえつて清福丸の船腹目懸けて突込んで来たり(そのため清福丸は三回にわたり衝突された)、あるいはロープを流して清福丸のスクリユーにこれをからませて追跡を困難ならしめたりしたので、清福丸乗組員は大平丸に対し瓶やボルトなどを投げつけたり大平丸のまわりをまわるなどして大平丸の逃走を妨害したが、被告人は三回目の衝突の後さらに追跡中大平丸に対し鮫突用銛を投げつけたりした後、大平丸の逃走を困難ならしめる意図を以て原判示暴行に及んだ。なお右暴行後大平丸は清福丸に追突されて停船し、清福丸に対し「話があるから乗つて来い。」などと言つて、清福丸船長下村義勝がこれに応じて乗り移ろうとした瞬間突然全速で逃走しようとしたが、その時はすでに海上保安部の巡視船富士が付近に到着していたので、逃走をあきらめたものである。

以上の経緯に照らし、被告人の正当防衛の成否を考えると、大平丸の密漁行為は被告人らの漁業権の侵害にあたり不正行為というべきは勿論であり、被告人らが大平丸を密漁者と認めた点についても原判示のとおりこれを相当なものと認めることができ、さらに大平丸乗組員の、被告人らの漁業権に対する侵害行為は、大平丸が犯行の現場からしおかぜ丸、次いで清福丸の追跡をふり切るまでの間は、なお継続し進行中であると認めるべきである。しかしながら大平丸乗組員の漁業権侵害に対応して被告人らの取り得る行為としては漁業権の侵害がなかつた状態に立ちもどらせるために必要な限度に限られるべきであるところ、本件は大平丸を清福丸が追跡捕捉しようとして、両船が接触闘争中になされ(密漁後約四時間経過している)、しかも控訴趣意第一点に対する判断のところで述べたとおり、被告人は大平丸において操舵中の金沢勝生に対し、原判示暴行を加え傷害を負わせたものであることに照らすと被告人の本件暴行当時金沢らから被告人に対し暴行等が加えられるような格段の状況もなかつたものであるから、被告人の本件行為は被告人らの漁業権保全のため必要かつ相当なものとはいゝ難く、その範囲を逸脱したものと認めざるを得ない。従つて被告人の本件行為は正当防衛の要件を欠くものとして、弁護人の主張を排斥した原判決の判断は結局正当といわねばならず、論旨は理由がないものというべきである。

控訴趣意第三点(理由を付さずまたは理由のくいちがいがあるとの主張)について

論旨は要するに、「原審において、弁護人は、被告人の行為は正当防衛に該当しなくても自救行為であり違法性がないと主張したことに対し、原判決は何ら判断を示していないから、判決に理由を付さず、又は理由にくいちがいがある。そもそも被告人は漁業権を有し、この漁業権は物権的請求権というべきであり、金沢の密漁は被告人の物権的請求権を侵害するものであるから、密漁者を逮捕することは自己の権利を保全するための当然の行為であり、自救行為として違法性がないものといわねばならない。」というにある。

よつて所論にかんがみ記録を検討すると、原審弁護人は原審第一回公判廷において、被告人の本件行為は正当防衛若しくは自救行為に該当すると主張し、さらに原審第六回および第七回公判廷においても同旨の主張をしていることが認められ、この主張に対し原判決は「弁護人の本件犯罪を妨げる理由となる事実主張に対する判断」として、弁護人は「被告人の行為は正当防衛である旨主張」しているとして、判断を示すに止まり、自救行為の主張があつたとしては特に判断を示していないことが認められる。

しかしながら、弁護人の主張に対する判断は必らずしも明示を要するものでなく、判決全文によりその判断をしていることが認められれば足りるものというべきところ、原判決は弁護人の主張を「弁護人の本件犯罪を妨げる理由となる主張」として取りまとめ、かつこれに対する判断の内容において、大平丸乗組員のあわび採捕行為は急迫不正の侵害とはいい難く、かつ被告人の所為が止むを得ないものとはいえないとして、自救行為が成立すべき前提を否定し、被告人の有罪を認定しているのであるから、弁護人の自救行為の主張に対し判断を示しているものと認められる。

所論はさらに被告人の行為は自救行為に該当する旨主張するが、そもそも自救行為は、侵害が完全に終了した後に、その侵害された権利を保全するため官憲の救助を求める余裕がないか、または遅滞なくその行為にでないときはその権利が実効を失うような場合に、自ら適当な手段でその権利保全の行為または原状回復の行為にでることをいうものであるところ、先に控訴趣意第二点に対する判断で述べたとおり、太平丸の漁業権侵害はいまだ完全に終了したとはいいえないのみならず、被告人の本件行為が権利保全または原状回復のために適当な手段であるとは到底いえない上、被告人の本件行為の後間もなく海上保安部の巡視船富士も現場に到着しているのであるから、弁護人の自救行為の主張を容れることは到底できない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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